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「おらおら〜命が惜しかったら、金目の物と食い物さっさと寄越せ!」
威勢の良い海賊の罵声が飛ぶ。
比較的立派な部類の漁船だが、飾り気のない分、小規模な商船にも見える。
船首部分には異国の文字で、根性丸と漁船らしい名前が彫られているが、
今までこの文字を読めた海賊はいない。
「おい、聞いてんのかよ?」
痺れを切らし、挑発する海賊にあい対峙した漁師見習い風の女性はひるんでしまう。
「あ……その……タル様ぁ〜」
後ろを振り向くと、まさに海の男という雰囲気の体の大きな男が笑う。
「タル様ってのは無しって、いつも言ってるだろ〜自分でどうにかしてみろって」
「で、でも……タル様!」
「あ〜久々に群島に帰ってきたってのに、早速面倒なことになりそうだな〜
お前、もう一回タル様って言ったら、俺はお前を助けてやらねえぜ?」
男は意地悪ぶって言うが、本気ではないことが伺える。
「うぅ……わかりましたよ…………タル」
女性は小さくそうつぶやくと、タルと呼ばれた男は満足そうにうなずく。
「おうおう、海賊の俺様を無視して、お前ら、いちゃつくとは良い度胸してんじゃねぇか!」
相手にされず、あっけに取られていた海賊が、威勢良く怒鳴りちらす。
「はぁ〜もう少し、俺の存在って知られてるんだと思ってたから、ショックだな〜」
男はそういって、古びた……だが切れ味は良さそうな剣を抜く。
「お?兄ちゃん俺と戦ろうってのかい!大人しく、出すもの出しゃ命まで取らねえって
言ってやってるってのによ……後悔すんなよ、色男さん」
剣を構えるこの海賊は、親分のようだ。
それなりに腕に自信があるのだろう。
男に向かって、剣を突きつける。
「タル様……」
心配そうに見習い風の女性がつぶやく。
「色男なんて俺、初めて言われるが……そう言ってくれた相手を倒すのは辛いな」
男は軽口をたたきながらも、剣を構えるその姿からは、充分な気合が感じられる。
「無駄口なんか、叩けなくしてやるぜ!」
威勢よく切っ先を向ける海賊の剣を、あっさり見切って男は一瞬で、海賊の喉下に自分の剣を突きつける。
切る気になれば、いつでも切れると無言で圧力をかけたような剣さばき。
「さて……このまま俺に首を切られたいか?」
海賊の動きは、それで止まってしまった。
と、同時にこの海賊の部下の一人が叫ぶ。
「お、親分!こりゃ相手が……悪すぎます!この船は海賊王キカさえ避けた、海の王者の船です!
に、逃げましょう!」
「な……海の王者だと?」
男に剣を突きつけられた海賊は、冷や汗を流しながら、目の前の男を見る。
穏やかに微笑んではいるが、瞳の奥に殺気をこめているのが見える。
「漁師のくせに、海賊より腕の立つっていう海の王者……アンタが?」
海賊の握った剣が力なく甲板に転がる。
「す……すまねぇ!み、見逃してくれ……頼む!」
「……ま〜もともと俺には人の命まで取る気なんかねぇよ。俺は海賊でも海兵でもねぇただの漁師だからよ」
男は剣を鞘に納めて、海賊の肩を叩く。
「あんまりこういう行為は感心しねぇな。海賊続けるんなら、キカさんのところ行った方が良いぜ?
紹介してやろうか?」
先ほどまで込めていた殺気も、海賊が剣を向けたことも、まるでなかったかのように穏やかに笑って男は言った。
「金目の物は無いが、こんなことしなくたって食料なら分けてやるよ。この船は漁から戻ってきたところ、
だからな!」
「……話のとおり……海の王者、だな」
海賊はぽつりとそう漏らす。
いつの頃からか、根性丸という名の船に乗る漁師は、かつてクールークと第一線で戦った元戦士で、
海賊王キカとも対等に渡り合う腕と器量の持ち主だと噂されるようになった。
何も知らずに奇襲をかける海賊は、この漁師の剣に倒された。
そう、倒すのだ。
決して殺しはしない。
その心情が海賊王キカと同じカリスマ性を生んだ。
男と剣を交えた海賊は、男の心情に心底陶酔し、こう呼んだ。
海の王者、タル。
漁師の間では、海の守り神とまで呼ばれる存在だ。
男は、その通り名をありがたく頂戴し、その名に恥じない航海をしている。

「すいませんでした!タル様!」
海賊に男は快く、釣った魚を差し出した。
男のこの好意に、感謝して海賊は深々と頭を下げ、船を遠ざけてゆく。
「くれぐれも、一般商船を奇襲するような恥ずかしい真似すんなよ!俺に勝てないようじゃ〜
キカさんには勝てないんだからな〜」
遠くなっていく海賊船に、男は笑顔で手を振る。
「な〜んか、また伝説、作っちゃったんじゃないですか〜?」
見習い風の女性が男に問いかける。
「伝説も何も、俺、まだ死んでねぇんだけど?」
「漁師より、ホントは戦士のほうが向いてるんじゃないんですか?」
「ん〜前にもそう悩んだ時期もあったけどな。でも、これが俺の選んだ道だ。
後悔したことはねぇよ。あ〜でもやっと群島に帰ってきたんだな〜レイ、元気かな〜」
男はそういって、群島の中心であるオベルの方向を見やる。
あと2日くらいで島影が見えるだろう。
「タル様が一緒に戦った軍のリーダーというレイさんのこと、本当に好きなんですね。
タル様、レイって言うときは本当に嬉しそうです」
「……あぁ、そうかもな。俺はアイツがきっと好きなんだろうな〜」
男はそういって、懐かしそうに目を細める。
「その剣……カンブリ、でしたっけ?昔から使っているんですよね?」
見習い女性は男の持つ、古びた剣を見て言った。
「昔は寒ブリって名前じゃなかったんだけどよ、俺も出世したってことで改名したんだ。
レイにも会ったら説明してやるんだ!俺は変わったんだぜ〜って!」
嬉々として言う男に、見習い風の女性は呆れたようにつぶやく。
「タル様、私がお世話になった頃と、全然変わってませんよ」
続けて、女性は男に向かって小さく言った。
「……でも、タル様らしくて好きです」
男の耳に、届いたかどうかはわからない。
男は全く別のことを言ったから。
「お前、タル様っての止めろって言っただろ〜?もう今日みてえなことあっても、俺は助けてやらねえぜ!」
意地悪く言いながらも、この男はいつも仲間を助けることを優先する。
それがわかっているから、女性も笑顔で答えた。
「あ〜もう、わかりましたよ、タル!」

その後、海の王者に憧れて漁師になるものも多く現れた。
そして男は、後世まで長く、船乗りの間で語り継がれる伝説となった。