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「お?アリノ、お前って画家みてぇだな〜それ、レイそっくりだ」
「そう言ってくださると、自信を持って描き切れそうです!」
私、アリノは見習い漁師として、漁船根性丸に乗船している。
乗船してまだ日は浅いが、漁師としての修行の合間に、私は日記を書いている。
中には今日のように、日記に絵を挟む。
はじめは航海日誌のつもりだったが、いつのまにか、私の日記は、ある男の逸話ばかりが書かれている。

私は昔、その男に命を救われた。
その男のことを絶対に忘れたくなくて、書き留めている。
男の名前は、タル。
私が乗っている、この船の持ち主。
漁師でありながら、屈強で卑劣な海賊にもひるまず立ち向かい、そして勝つ。
そう、この男は漁師というより、戦士に近い風貌。
強く頼もしく、そして誰よりも優しい。
私が知る限り、この男が海で人を殺めたことはない。
争いを仕掛けてきた海賊たちを、ただ倒すだけなのだ。
戦いでそんな気配りをする余裕が持てるほど、強い人間が何故漁師なのか不思議に思う。
昔の話は、詳しく知らない。
私が深く聞いて良いものかどうか、わからないから。
私はこの男が……タル様が好きだから。
嫌われるのが、怖いのだ。

「なあ、アリノ?その絵の中だけでも俺の左腕にベルト、つけといてくれねぇかな〜?」
「はい、タル様!了解です〜でも、外してしまったのに何故、ですか?」
私はタル様の顔を見て、疑問を口にした。
「ん〜一応さ、アレ、俺にも両親がいたって証だったんだ。
さすがに腕が太くなっちまって巻けなくなったから外したんだけどな〜」
タル様は照れながら、私に教えてくれた。
そう、この人は多分、私が質問をすれば何でも答えてくれる。
昔の話だって、聞けば教えてくれるのかもしれない。
気になる。
でも……私は、なりゆきに任せて、今まで過ごしている。
自然に話してくれたことを、少しずつ知っていければそれでいい。
嫌われたくないから。

さっきまで、この船にレイという名前の青年がいた。
哨戒任務の途中だけど、お腹が空いたから何か食べたい!
なんて笑いながら乗り込んできた。
タル様は、そんな彼を不審に思うどころか、喜んで招いた。
年のころは、私に近い。
でも、タル様の昔の仲間で、一番の友達なのだと言った。
タル様は私よりも子供っぽい面があるけれど、本当はずっと大人の人。
私のように、タル様の弟子だった人かと思ったが、違うらしい。
彼は強い目をしている人だった。
タル様とは騎士団時代の同期だったと言っていたが、それにしては年齢差がある。
そんな私の疑問が顔に出ていたのだろう。
タル様が釣った魚を吟味しているときに、彼は小声で私に言った。
「僕はね……いろいろあって……年を取らない身体、なんだ。タルより元々、
年下だったのは変わらないんだけどね」
海賊キカや人魚と関わりのあるタル様の仲間だから、私はすぐに気が付いた。
この人は、多分、本に書かれているような真の紋章継承者。
一体どんな力の持ち主かは判らないけど、継承すると年を取らないらしい。
私には彼を詮索する気はない。
タル様の一番の友達だ……悪い人のはずがない。
そして、私は気が付いてしまったから。
彼もタル様が、好きなのだと。
「タル様のこと、好き……なんですね?」
私は名乗るより先に、彼にそう言ってしまった。
彼は顔を赤く染めながらも、恥ずかしがることはなく言った。
「うん……僕は、タルが好きだよ」
ライバルなんだと思いながらも、私は彼に好感を持った。
「私だって、タル様が好きです」
こんなことを私が口にしたのは、初めてだった。
なぜか、彼には言っておきたくなったのだ。
「もし、キミとタルに子供ができたら、僕も生きる楽しみになりそうだよ……
でも、タルってこういう気持ちには、ホントに鈍感なんだよね」
タル様と長く関わっているからこその言葉だと、思った。
「だから僕はね、タルは優しいから……気が付かない振りしてごまかしてるのかもって思うことにしたんだ」
「……実際、全然気が付いてない可能性のほうが、高いですよね?」
私がそういうと、彼は微笑んで言った。
「それ、間違いないね!タルは自分がモテる男だって気がついてないんだと思う。
そういうところも、僕は好きなんだけどね」
でも、私もそんなタル様だから、好きなのだ。
私は今日、彼の姿を絵にしよう、そう決めた瞬間だった。

「お前、初対面なのにレイと随分、楽しそうに話していたな〜
アイツ、初対面の人と話すの苦手だ〜なんて言ってたのに、意外な顔を見た気分だぜ」
「私、あの方が好きですよ〜。タル様のお友達って皆さん、凄い方ばかりですけど、あの方は私と同じですから」
同じなのは、タル様への気持ち、だけど。
そんなことに気が付かない様子で、タル様はつぶやく。
「アリノ〜レイが一番、凄いヤツなんだからな!レイはホント、
俺なんかとは別格なんだ!こんなこと言うと、レイも気を悪くすんだろうけどさ……」
ふと、哀しげな目をする。
「アイツとずっと同じ時間を過ごせない俺が、時々……凄く嫌になる」
私はそんなタル様の力になりたいと改めて思う。
「タル様……絵、できましたよ」
私が描いたそれは彼とタル様が楽しそうに笑っている絵。
この絵の中は、永遠にこの時間で止まる。
「私、もっとちゃんと描きますよ。タル様とあの方は、絵の中なら永遠に同じ時間を過ごせますから!」
私は真剣に言った。
言ったつもりだった。
それなのに……。
「アリノ……その前に、一人前の漁師になってくれねぇと、俺、困るんだよな〜」
いつものように軽口を叩く。
頭をなでられる。
「あぁ〜もう、今、私は真面目に話したんですよぉ!」
「………………わりいな、茶化しちまって。いつか、描いてくれたら嬉しいぜ」

私は、今日……また少し、タル様を知った気がした。