←戻る

------------------------

そこは小さな港町。
浜辺で子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
「ボクは海の王者、タルだぞ〜!お前たち、悪いことはもうやめろ!」
「うわ〜海の王者が来たぞ〜キカさん、逃げろ〜〜!」
「あ〜逃げるなよ〜。魚が欲しけりゃやるって!漁師だから人を切ったりしないって!」
鬼ごっこのようなものか、海の王者役はそう言いながら、逃げる複数の海賊役を追いかける。
「へへへ〜捕まえた!」
キカと呼ばれた女の子が、海の王者タルと名乗った男の子に捕まる。
「あ〜あ、捕まっちゃった〜。本物の海賊王キカって、こんなに弱くないんだろうね」
「オレさ〜海賊王キカの話を見ると海賊になりたいって思うんだけど、
海の王者の話を見ると、そんな強い漁師にも憧れるんだ!」
「わたしはね〜漁師かな。父ちゃんも漁師だし、
それに海の王者の一番弟子って女の人だったって話だから、絶対漁師がいい〜」
そんな子供たちの話を聞いているうちに、近くで釣り糸を垂れていた青年は、つい口を挟んでしまった。
「みんな、そのお話……良く知ってるんだね?」
「知らない子なんていないよ、お兄ちゃん」
「そうだよ〜お兄ちゃんだって知ってるでしょ?」
無邪気に笑って答えてくれる子供たちに、青年は笑顔で言った。
「うん!僕は……どっちかというと海の王者が好きだよ。タルには……憧れた」
青年は遠くを見つめ、懐かしそうに目を細める。
「そっか〜ボクも同じだよ!海賊よりも強い漁師なんて、凄いもんね!」
「タルは海賊どころか、誰よりも強かったよ。そして、凄く優しかった」
青年のつぶやきに、女の子が不思議そうに問いかける。
「え?お兄ちゃん、本物の海の王者に会ったことあるの?」
その女の子に対し、男の子たちは反論した。
「バカだな〜お前、本当にあった話っていったって、何百年も昔の話だよ。
海の王者も海賊王キカもそんなに長生きしてるわけないじゃん!」
「それもそうか〜ごめんね、お兄ちゃん。変なこと言っちゃった〜」
「さ〜て、みんな、そろそろ家に帰ろうか〜また明日遊ぼうな〜」
日もだいぶ暮れてきた。
青年はそれぞれ家路につく子供たちを目で見送って、ひとりつぶやいた。
「……タル、ホント凄いよ。キカさんと同じくらい……いつの時代になっても、
何処へ行ってもタルの話、聞くんだよ。これじゃ僕、あのときの気持ち、一生忘れられそうに、ないよ」
青年の名前はレイという。
身体に真の紋章を宿したことで、不老の肉体を持っているため、もう300年は生きている。
彼は昔、海賊王キカと呼ばれる人物や海の王者タルと呼ばれる人物を従え、
かつて強国と呼ばれたクールークと戦った軍のリーダーだった。
最後にタルと会ったのは、元々年上だったタルと自分の見た目の年齢差が20歳くらいになった頃だったか……。
その時、タルが言ったのだ。
「なあ、レイ。レイは人よりずっと尊い存在になったってことなんだぜ?
そりゃあ不老ってのは思ったよりずっとつらい呪いかもしれねえけどよ、普通の人よりその分、
いろんなことできるじゃねえか!新しい仲間だって、絶対見つかるし、
世界も変化して今より面白いことだってきっとある。俺は昔みたいにレイの側にいられねぇけどさ、
レイが覚えている限り、俺はいつの時代になってもレイの側で生きているんだぜ?それってすげぇことだよな!」
そんなタルが、今では伝説として語り継がれ、人々に憧れられる存在になっている。
なんだか……タルの歴史を見てきたような気分になって、面白い。
青年は、紋章の継承者として先の見えない人生を歩んでいるが、
そんな彼を孤独から救ってくれるのは、このタルの言葉。
前向きだったタルの生き方を、真似てみよう。
そう思って、人と関わることを喜びとした。
人のために紋章を使うこともあった。
きっと、タルならそうするから。
この港町にも、元々は用心棒として雇ってもらった。
いつの時代も争いごとがなくならないのが辛いと思う。
問題が解決すれば、青年はまた旅に出るつもりだった。
問題が解決しても、ここに青年が留まっていたのは、気になる人物がやってきたからだ。
そう、元々の旅の理由は自分と同じ、紋章の呪いを受けた人物を探すため。
かつて自分と一緒に戦った、ソウルイーター継承者、テッドに会うため。
青年にそれを勧めたのは、海の王者タルだ。
その紋章と人物の名を口にする人間に……ここで初めて逢った。

「坊ちゃん……カスミさんや、皆さんにちゃんとお別れを言わなくて良かったんですか?」
「いいんだよ、グレミオ。ぼくは成すべき事を終えたんだ」
「で、でも……テッドくんは坊ちゃんにこんな淋しい思いをさせるために、
その紋章を渡したんじゃないと私は思いますよ?」
その二人組の服装は赤月帝国風だった。
ひとりはまだ少年のような風貌だったが、どこか達観した風な雰囲気。
もうひとりは、付き人、という感じだった。
青年が生きた時代で赤月帝国はクールーク以上の強国だったが、そんな強国も今はトラン王国と言うそうだ。
群島諸国もオベルという名は、もうない。
時代は変わっていることを、青年はもう、こんな変化でしか実感できない。
この二人がやってきたのは、これ以上、長居をする気のなかった宿屋で改めてなんだか長く生き過ぎて疲れたな、
などと思っていた矢先のことだった。
テッド、紋章。
それはソウルイーターのことだろうか?
青年は、初対面の人に話しかけることが苦手なほうだった。
海の王者タルが側にいたら、絶対に怒る。
生きるのに疲れたなんて言う前に、話しかけろ!と。
だから、青年は勇気を出して話しかけた。
「す、すみません……そのテッドさんって人の話、詳しく聞かせてください!
僕、テッドさんを探しているんです」
「え?あなたはテッドくんのお知り合いなんですか?」
戸惑いながらも、付き人風の人物が青年に問いかけた。
「はい……昔、ちょっと」
何処から話して良いのか、タルじゃないから上手く言えない!
青年はそう思いながら、次に発する言葉を探す。
紋章のこと、自分のことを話すには、人が多すぎる。
青年のそんな気持ちを察したのか、付き人風の人物は先を促すように言った。
「坊ちゃん、私はこの方のお話を伺いたいと思います。お部屋に案内しても構いませんか?」
「グレミオがそういうなら、ぼくは構わない……ぼくももっと知りたい、テッドのこと」
少年はそういうと、自ら率先して部屋へ向かう。
「……ということですから、どうぞ。あ、申し遅れました、私、グレミオといいます。
こちらはヤン様。私がお仕えする方です」
グレミオはそういって、青年に微笑んだ。
青年もそんなグレミオに好感を持ち、笑顔で答えた。
「僕はレイです。……テッドさんとは昔、一緒に戦ったんです」
その一言で、グレミオもヤンと呼ばれた少年も、青年が『真の紋章継承者』だと察した。
テッドの300年の過去を知る人物なのだと。

部屋の扉を閉めると同時に、ヤンは言った。
「レイさん……テッドのこと、どれくらい知ってるんですか?
テッドはぼくに自分のことはあまり話してくれなかったから」
淋しげにつぶやくヤンは、自分の右手のグローブを外して、青年に見せた。
その手に宿る紋章はソウルイーター……つまり、テッドはもういないのだとわかった。
「僕が会ったとき、テッドさんはその時既に150年は生きたそうです。
誰とも関わりたくないと言って、僕ともそれほど親しくはありませんでした。
そのときテッドさんにはアルドさんという弓の使い手が側にいました。
アルドさんは、テッドさんと友達になりたいんだと、僕に相談してきたんです。
それからテッドさんたちがどうなったかは僕にはわかりません。僕がテッドさんを探していたのは……
僕も、テッドさんと同じ、人を不幸にする紋章を宿しているからなんです」
青年は言いながら、左手の紋章を二人に見せる。
青年はヤンのように紋章を隠すことを、大分前に止めていた。
使わなければ、ただの痣にしか見えない。
昔のように、暴走することもない。
ただ、そこにある。
代わりに、青年は腕に古びたベルトを巻いていた。
語り継がれる海の王者の本の挿絵で、王者が巻いているものに似ている。
「これは……なんという?」
グレミオが質問する。
「罰の紋章、といいます。僕は昔、この紋章を宿したことで……
群島諸国とクールークの戦いに参加しました。テッドさんとはそのときに、会いました」
群島諸国、クールークという名前は歴史の本でしか知らない彼らに、青年の姿は、
とても300年近く生きたようには見えない。
グレミオは、青年に対してテッドと同じなのだと、改めて思う。
ヤンは青年に、悲痛な面持ちで訴えた。
「テッドは……ぼくの親友でした。紋章のことなんて、ぼくは全然知らなくて……
テッドは……紋章を狙った悪いヤツに……だから形見になってしまったんです。
テッドが宿していたものだから、大切にしたいと思うんです……でも、ぼくだけ時間が止まったことが、
耐えられないんです。ぼくはいつかひとりになってしまうのが怖い」
まだ少年という年齢で時が止まってしまったヤンの辛さは、青年に痛いほどわかった。
「ヤン君?テッドさんは……きっとそんな哀しい顔をさせるために、紋章を渡したんじゃないと思うよ。
僕も同じことを思って、悩んだりもしたけど……人より尊い存在になって、
いろんな時代を生きることができるって、新しい仲間も見つかるって、
そう僕を励ましてくれた人がいたんだ。だから、僕は自分の紋章を誇りに思うようになった」
青年はヤンに向かって穏やかに微笑んで、言った。
だが、ふと寂しげな顔を見せて続けた。
「今、ヤン君にはグレミオさんがいるよね?僕は少し、それがうらやましいよ」
「グレミオにはすまないと思っている……ぼくはグレミオが側にいてくれて、嬉しいって思っている……
でも、年を取らないのはぼくだけ、だから」
暗い顔を伏せるヤンに、グレミオは明るく振舞う。
「坊ちゃん、すまないなんておっしゃらないで、お顔を上げてください。
私は坊ちゃんの側にいられて幸せですよ。グレミオはいつまでも、坊ちゃんのお側にお仕えしますからね」
「グレミオはぼくと違って……寿命があるんだよ?100年も200年も生きるなんて、
人間にそんなのできっこないじゃないか!」
ヤンは声を荒げる。
グレミオの優しさに張り詰めていた糸が、切れてしまったのだろう。
青年はそんな二人の様子に、自分を重ねてみてしまう。
自分もタルに同じように叫んだ。
自分はタルと離れたくなかった。
そんな青年に、タルはすまなそうな顔をしながらも言ったのだ。
「いつまでも、俺はレイの仲間、だからな!」
紋章の呪いで、人と異なる生き方を強いられた自分と、
普通の人間であるタルが同じ時を過ごせないことは、頭で理解していた。
それでも、口にせずにはいられなかった。
その不安を、笑顔でタルは解消した。
「俺はレイと共に生きたこと、忘れないから。お前も、忘れないでくれよ」
青年は、この一言で救われた。
「ヤン君。ヤン君は……テッドさんのこと、忘れてないよね?」
ヤンは自分の言った言葉に後悔しているのか、うつむいて黙り込んでいる。
青年は構わず、先を続けた。
「グレミオさんのことだって、絶対忘れないよね?」
青年は意を決するかのように、腕に巻かれたベルトに触れる。
「テッドさんは、ヤン君の親友だよね?」
ヤンが顔を上げて、青年の目を捉える。
「それを忘れない限り……ずっと、その人は自分の側に、いるんだよ」
グレミオは、300年以上、ひとりで過ごしてきた青年のこの言葉の重さが理解できた。
自分が坊ちゃんを支えるんだ、という気持ちが強くなった。
ヤンにもそれが、理解できたのか青年の手を取って言った。
「レイさん……レイさんにも、そういう人がいるんですね?」
「……うん。僕は、その人に憧れて、その人のようになりたくて……
いつのころからか、その人っぽくなる努力をしているよ。長く生きてても、
なかなか自分を変えられないのが悩み、かな?」
青年が照れくさそうに笑うと、ヤンも自然と笑みがこぼれた。
「坊ちゃん……グレミオはやっぱり、坊ちゃんの笑っているお顔が大好きですよ」
グレミオは言いながら、久々にみるヤンの笑顔に感動し、そっと涙をぬぐう。
「レイさん……テッドと今、やっと本当の親友になれたような気がします」
それまでの暗く落ち込んだ感じはなく、ヤンは穏やかに微笑んでいた。
グレミオがその姿を、嬉しそうに見つめる。
青年は、腕のベルトに触れながら思った。
タル、きっと笑われるだろうけど、僕は少しだけ、タルに近づけたような気がするよ。

「ところで、レイさん?先ほどからその腕のベルトが私、気になってならないんです」
遠慮がちにグレミオが青年に問いかけた。
「見たところ……海の王者のような感じですが??」
「あ、言われるとそうだねグレミオ。このベルト、ぼくの部屋にあった本の挿絵に似ている。
300年前くらいのお話だったってことは……もしかして、レイさん、それ本物ですか?」
ヤンは目を輝かせて、青年を見つめる。
おとぎばなしの主人公が、目の前にいるのが信じられないという顔つきだ。
「坊ちゃん、もしかしたら、ご本人なのかもしれませんよ?
いや〜恥ずかしながらグレミオ、子供の頃、海の王者に憧れて漁師になろうかと思ったもんです」
グレミオはそういって顔を赤らめながら、鋭い指摘をする。
「それでは……名前がタル、というのは時間の流れによる、記述の誤りですか?」
青年は、とんでもない!とばかりに両手を振って答えた。
「今お話に登場する海の王者タルは……僕の一番の友達です。このベルトは直接タルからもらいました」
「レイさんって、漁師と一緒に戦ったってことですか?」
ヤンが疑問を口にした。
「えっと……タルは元々、漁師じゃなかったんだ。お話では最初から漁師、
になっているけど、僕と一緒に戦ったときは、誰よりも強くて、立派な戦士だった。
でも、タルは本当に……優しくて、頼もしい男だったよ。
まさか、300年経ってもタルの話が語り継がれているなんて絶対本人は思ってないよ。
僕は……漁師としてのタルのこと、あまり知らないけど、海の王者の話を読むと、
僕自身のことみたいで凄く嬉しい気分になるんだ!」
青年が無邪気に笑って答える姿を見てグレミオはつぶやいた。
「……レイさんには、海の王者が、お側にいつもいるんですね」

「坊ちゃん〜レイさん〜。坊ちゃん〜〜?レイさん〜〜?」
遠くで青年を呼ぶ声がする。
少し離れた場所で釣り糸を垂れていたヤンが、その声に答える。
「レイさんも、ぼくも、こっちだよ、グレミオ」
「さぁ、グレミオ特製シチューが完成しましたよ〜お部屋に戻りましょう」
エプロン姿のグレミオが笑顔で迎える。
「さすがレイさん、海の王者仕込の釣りの腕って感じですね〜」
青年の持つバケツには釣り上げた魚が、たくさん泳いでいる。
「僕はやっぱり、釣りではタルに敵わないよ」
「レイさん、しばらくぼくたちと一緒に旅しませんか?」
ヤンはそういって青年の顔を覗き込んだ。
「……ヤン君もグレミオさんも、良いんですか?僕は結構、大食いですよ?」
青年は笑いながら二人を試すような言い方をした。
「大丈夫ですよ、グレミオのシチューはいつも大鍋いっぱいに作りますから!」
「それにレイさんが、魚いっぱい釣ってくれるし!」
二人はそれぞれ言い合って、青年を快く受け入れた。

その後の彼らについては、本人たち以外知る者はいない。
共にかつて時代の英雄だったことを記した書物も、残っていない。
彼らは今も、旅の途中……。